幸せの翼・6

菊月 孔命
11月24日 土曜日 東京の天候 晴れ 最高気温14度

前回の投稿論文は10月2日だった。

ちょうど台風が去った次の日で外の道路は悲惨な状態であったと記憶している。

今日はそれから一か月以上経っての投稿記事になるわけだが、本日11月24日からこの救済Xのサイトは、占いの承りを中止(閉鎖)にした。

元々は僕は、占いの鑑定依頼のサイトを立ち上げて無料鑑定を始めたわけだが、救済Xの主軸たるものは正しい幸福論を無料で提供する慈善事業を目的とするネット上の運営サイトなので観念論が強すぎる占いは【主】ではない。

【幸せの翼】は、一般庶民の切実たる悩みを正しい生命哲学から解決策を考えて生活の営みを少しでも善き方向へと転換させる目的のアドバイスメールだ。

だから、今日はその本職の仕事へとサイト全体をいじって修正を施した。

また、今僕は・・・というか、もうネット上では占いの依頼は現段階では承っていないのであるが、最近というか、数か月前から某占い会社に在籍してそちらの仕事をメインでやり始めたのでネット上での無料鑑定の依頼の仕事は正直きつくなったので、時期を見て【幸せの翼】だけのサイトに変更しようと考えていたので、なので本日決行した次第でもある。

まあ、ご報告の前置きはこのくらいとして、今日の投稿論文のテーマは、【現実と人間関係】に迫ってみようと思う。

この投稿論文を読んでいる方々もよーくご承知かと思うが社会・人生において【現実】ほど厳しい世界はなく、そして、【人間関係】ほど悩む世界はない、と僕は半世紀生きてきて思っている。

生命論の世界では、人間の悩みが説かれているが、人間はどうしても【人間】に悩む宿業を背負っている。

まあ、深い法理の話は別として、現実と人間関係は、本当に意識しだすのはやはり、いじめ等が始まる小学生の低学年から現実と人間関係に自然と悩むのではないか、と思う。

我々は、少年少女の時から現実に苛まれ、縁する人間関係で悩み続けながら成長してきた訳だが、その生きてきた間、何度、【心が折れそうになった】ことかと思う。

僕なんか、人間関係で死のうとは思ったことはないが、小学校低学年からいじめられっ子だったので、縁する人間関係で心が折れそうになって、何度相手が【死ねばいい・・・】と思ったことは何度もある。

これは大人の世界でも通じることで、社会には、【嫌な奴】【会いたくない奴】【殺したいとまで思う奴】はたくさんいる。

しかし、限度を過度に超えて、【殺人】を犯してしまう人もいる訳だが、普通の人は、【嫌な人間】に会うのを我慢して日々の生活を送っているのがごくごく平凡な人の人生ではないだろうか、と僕は思う。

だいたい、嫌だ、と思う相手は、【怖い】だとか、【今風で言えばキモイ】だとか、【セクハラ・パワハラ野郎】だとか思うわけだが、深いところで話せば、自分に縁してくる相手は、自分に好意があるないは別の話として、浅い意識の中で言えば【興味】があるから接してくる訳である。

その相手の興味は【利用】なのか、【恋愛対象】なのか、【憎いや恨み】目的なのかは人によってさまざまだが、縁してくるのは過去に【原因】を相手に作っているから時とともに相手がアクションを起こすわけである。

このアクションが度を超すと怒りや喧嘩に発展するわけだが、僕はこれは半世紀生きてきて感じている所感だが、嫌な奴とは、とことん戦うべきだ、と言うのが僕の出した結論だ。

まず嫌な相手が来れば、精神的に気持ちとして不快感を覚える訳だが、もし問題なく堂々と言える環境下ならば、勇気を出して相手に言い切って、不快な縁を断ち切るべきだと思う。

そうしないといつまでたってもアクションを起こされる因が相手の生命の中にある限り、いつまでもあなたは人生を悩み続ける原因となるからだ。

ただ、この今書いた上記の文章は、恋愛関係の場合は別問題だ。

恋愛になると、言い切るとまずい場面も生じてあとで大失敗を起こす因を作ってしまうことがあるので要注意だ。

そのいい例は略奪愛だ。

奪い取る相手の奥さん、旦那に、嫌な奴だから、『彼・彼女と別れてくれ・・・』と言ったら僕の今書いた文章は本末転倒になるので、読み間違えないでほしい。

次に【現実】をお話したいが、現実の【結果】というのは実にシビアで厳しい場面に直面する場合がある。

その厳しい場面の度合いにもいろいろなものがある。皆さんも経験があるかもしれないが、【絶対絶命】という危うい場面がある。今までやってきたすべての結論や結果が裏目に出で【絶対絶命】という人生の場面だ。

ある意味、人生の中では、【危うい】などという言葉や表現は、まだまだ人生においては生易しい部類の危機感なのかもしれない。

だが、僕は言いたい。

人間の成長は、実は、この【絶体絶命】を人生の中で何回乗り越えられるかで人間の【人格的成長】が変わってくる。

どん底の危機感を何度も何度も乗り越えられれば、人間は【怖いもの】などなくなって、逆に自信すら自身の生命の中に芽生えてくるものである。

これは、僕自身の経験からも言えるので、人間はすごく、また買ってでも苦労をしょわないといけない。

苦労した度合いの分だけ、人間は大きく成長でき、爆発的な福運や福徳を生命に備えることができるのだ。

人間は弱い心が強いと、【大きな壁】は人生において、できるならば避けがたい歩みをしたがるが、本当の真実の理論は、その【大きな壁】にぶつからないと自分の壁は破れないのだ。

人間の【大きな壁】と感じるものは、未経験だ。初体験のものは人生において皆【大きな壁】へと現象が変貌する。

まあ、正確に言えば、過去から未来の瞬間瞬間の時はすべて【初体験】になるわけだが、このような屁理屈は別問題として、普通【大きな壁】というのは、自分の認知・知識のボーダーラインを遥に超えているから結果と現状や展開が【未知数】だから受け身の自分としては【怖い】とか【不安】な訳だ。

この受ける現状を、受ける前から諦めていると、つまり【逃げの体制】にでると、これは真実のお話だが、いつまで経ってもあなたの成長はないのである。

人間の成長はぶつかって、そして、挑戦してなんぼの【成長】なのである。

この挑戦を最初から逃げていると、人生は何度も同じ場面がやってきて運命があなたを試そうとするのである。

この苦しい壁の苦難を消すには、やはり最初から処理、もしくは手を打たないと苦難は消滅しないのである。

よく人間は、【逃げれば勝ち】なんていう言葉もあるが、確かに僕も経験しているが間違いではない。

逃げというか、回避したほうがその場の現状は正しい場合もある。しかしこれは、正しく対処した、つまり逃げに見えるが現状に挑戦した結果、何とか免れた、ということなので人生には例外的な行動もあるのである。(笑)

これは僕の人生経験から言えることだが、難題・課題は人生においては誰しもが【ヤマズミ】かもしれないが、時間的に言えばできるだけ何でも早く手を打ち課題を消化した方が後々の人生は楽になるのだよ・・・という結論で今回の投稿論文は終わりたい。

今回も僕の投稿論文を読んでくれてありがとうございました。
この論文読むすべての方々の幸せを祈りつつ・・・・。
救済X・主宰  菊月孔命

 

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