運命転換分析論・決意

菊月 孔命

11月19日 日曜日 東京の天候 晴れ 時々 曇り の 予報 🌥

最高気温12度 

寒くなった。

本当に外は寒くなった。😔

東北地方は、今日は雪が降って、一面銀世界になったとニュース番組の中に取り込まれたお天気コーナーで気象予報士がテレビの画面の中でそう伝えている。❄

今から9月の始めまでさかのぼれば、この3か月間目まぐるしいほどそれなりに毎日予定が一応詰まってて、ガンガンその予定を日々消化してきたように思える。

人生は、変化、変化の連続であり、日々、正しき判断の元、生活にリズムを作って生きて行かないと、心はいつの間にかダラ~っなり、知らぬ間に【惰性】と言う魔に心の底から犯されている現状がある意味、【普通の人間の生活】だ。

この【幸せの翼】の運命転換分析論の投稿論文でもよく書いているが、人間は、自分を律する事を忘れると、いつしか行動や日々の振る舞いが【自己中心的】な礼儀になっていることに気が付かない人が多い。

しかし、その自己中心的な振る舞いの中でも、自分の人生を、そして人格を一歩でも二歩でも、また、1ミリ2ミリと前進させる、または向上させるのは、まさしくそれは、その人の【不動の決意】が成長をもたらす究極の命の【因】だという事を忘れてはいけない。

なので、久しぶりに書く今回の投稿論文のテーマは、【決意】について少々述べてみたいと思う。

この救済Xの投稿論文も、前回は9月9日に書いて投稿して、早・・・というか、あっという間に時が流れた。

その間、遊んで怠けていたのか、と言うと、そうではない。(キッパリ)

まあ、これは、自分も【ある意味】、予想外の生活の流れではあったが、今住む新・事務所に引越しをしてからと言うモノ、色々と野暮用や雑用が多い事に大変気が付かされる。

男子寮時代のあの【自由の牢獄】の生活の中では、食事関係はすべて施設の寮長の仕事だったので、ほとんど僕自身は、【作りや準備】に関してはまったく関与はしていなかったが、いざ、こうして一人で生活や事務所を切り盛りすると、なんだかんだ、買い物や用事が多い事に驚かされる。

ある意味、これは今の僕の【軽い悩み】になっている。

ひどい時には、野暮用のそれだけで一日が終わり、メインの鑑定仕事はちょっぴりしかできず、その日の消灯を迎えるといのは何回もこの3か月間の中にはあった。

ただ、虚しく【用事】を消化するだけで一日が終わっても、【楽観主義】と【希望】だけは忘れず、無料鑑定を通して【全世界の民衆】のお役に立とう、という【決意】はいつも忘れず生活しているので、自分を律する【不動の決意】の中での毎日の生活なので、人生の【軸】がしっかりガシッとハマっているお蔭で、人生の軌道がぶれる事がないのが僕の幸福の一面や側面や断面でもある・・・と言える。

またこれは、【生命哲学】からも言える事ではあるが、我が敬愛する人生の師匠も言われているが、人間という生き物は、前人未到の原野を持っていると言うが、自分もこの救済Xの闘いをする上で、その活動を頑張れば頑張るほど、生活の日常の現象というか、正確には、生命の中の感覚の中に【障害】、または、【魔】という邪魔が現れるのは、よく頭の中でも、そして、【命】でも理解しているつもりである。

悩める人と【同苦】して、運命や宿命に悩む人を、まずは無料鑑定の中で【鑑定】と言う場を用いて【助け船の知恵】を贈ろう、と救いの命が強まると、余計に【大きな邪魔】が現れるのは本当に生命の不思議、としか言いようがない次元の世界でもある。

これは、僕は【身体(からだ)】と【命】で理解している事だが、

【質問】人間を強くする一番の原動力は何か・・・? 
という、質問があったならば、その答えはもう一つしかない。

それは不動の【決意】だ。

人間の【確固たる不動の決意】は、人間を大きく成長させ、人格を完成させ、どんな障魔や難問をも乗り越えられるエルネギー源と【人生の中心軸】になる。

最近のテレビドラマのセリフではあったが、『人間は悲しみの中では生きられるが、苦しみの中では生きられない・・・』というセリフがそのドラマの印象として残っているが、現実の社会は、苦しみの中でも【生きている人】は、世界に何億人と存在する。

ある意味、それは、人間に対しての【人生のしばき】とも言える無念の宿命であると僕はいつも考えている。

しかし、その【激動の人生のしばき】であろうと、【激苦】の苦悩の連続であろうと、【不動の決意】さえ命の中でブレなければ、人間はその【決意の炎】の中から、コンコンと湧き出る【反撃の知恵】によって、困難を克服していける。

また、【力ある宗教】の中にいる人は、その【激苦】を【楽しみ】へと転換して、苦労を生きる【喜び】へと変貌させ、人生を悠々と【自由】に生きていけるから、【人間の決意】とは、ある意味、【一番恐ろしい見えない力】とも言えると思う。

世界中の誰人もできる【不動の決意】、まあ、単に決意と言っても良いが、決意は必ず、誰人にも【形ある結果】を顕す源と言っても良い。

人間の人生というのは、決意いかんでは、のちの人生を180度違った人生の軌道に進める【力】が眠っている。

また人間の人生というものは、毎日のほほんと生きていても、すべては【命】の中にある【決意】が元となってすべての日常の現象に結果をもたらしている。

なので、今の【生活の現状】は、【過去の縁の決意】の表れが【今】という日常の姿を形成しているのである。

人間は、ある時、何かの縁で【激しく悩んだり】【苦しんだり】する場面や瞬間を【運命】とか【宿命】とか言ってその【根本原因】をあやふやにして明確に表さないが、【運命や宿命】というのは、【過去に犯した自分の行動の縁と原因結果】が、今のすべての【苦しい】または、【楽しい】日常の現象を表している・・・のである。

この【苦しみ】を【楽しみ】へ   そして・・・

【楽しみ】を【自由】へ・・・と転換するのは、まさしく、【強き一念の決意】を【固める】しかないのである。

ある意味、決意こそ、人間を【幸せ】にする【力】が眠る【魔法の秘術】なのである。

人間の人生は、【苦しい】【悲しい】と言っても、何をどうほざいても、当然生きて行かなくてはいけないのである。

人間の決意というのは、【表情】にすぐに表れる。

また、人間の決意というのは、【目】にも厳然と現れる。

悲しみを素直に表し、【暗い表情】で毎日を生きるのか、それとも、苦しくとも【笑顔】だけでも絶やさず毎日を生き切るのかは、すべてその人の【硬き決意】がすべての人生の勝敗を決める。

これは、誰でも少し考えれば解る事だが、人生、どうせ生きるなら、【笑顔】で生き切った方が、後の人生の結果には【徳&得】である。

暗い表情の人間には、【福徳】は薄い。

逆に、笑顔を日々絶やさない人は、いつも【自然体の笑顔】が常に福を呼び込むのである。

この自然体の笑顔の【根底】に眠るモノが【不動の決意】であり、言い換えれば【負けじ魂】とも言えると思う。

決意とは、人間を【微動だ】させることなく、【師子王】の魂へと転換させてくれる。

この不動の【師子王の決意】こそ、人生を大きく良い方向へと【昇華】させ【転換】させてくれる原動力なのである。

これは、すべてにおいて僕の経験上からも言える事ではあるが、人間の人生と言うものは、いつの世も【苦しさ】【努力】【試練】の連続である。

この世に産まれてから死ぬまで【感覚的】に【毎日が楽しみの連続】だった、という人は、ほとんど・・・と、言っていいほどいないと思う。

まあ、力ある宗教に属する、または縁している使命重き人は、【苦しい】と思っている人生であろうと、信仰の力によって悠々と【自由】に人生を生きて、苦しいと思ってもすべてが【功徳】と実感できるので、【力ある宗教】の信仰をしている人は、本当の幸福というものを実感して理解して、【解っている】と、僕は確信して思う。

決意ほど、人間を変えるものはない。
決意こそ、全世界を幸福にするものはない。
決意こそ、人生を変えるものはない・・・・

人生において、決意が固まっていれば、運命の軌道はブレることは決してない。

決意とは、一切の結果を【良い方向】へと導く閃きの源泉である。

今がどんなに激苦の渦中にあろうとも、決意があれば、一切を悠々と乗り越えていけると、僕の人生の経験上からも確信して言える事である。

決意とは、微動だしない自分を作り、困難を乗り切る【知恵】を涌現して、自分を悪い傾向から良い傾向性へと導いてくれる。

その【決意】に【負けじ魂】の炎が常に【命の中】に宿るならば、その人の人生は、今は苦難の連続であろうとも、未来は常に【希望の明日】へと転換させることが出来ると確信する次第である。

人は、辛い過去を毎回振り返ってはいけない。

謙虚な前向きな反省は常に大切であるが、人間の生きる【道】とは、常に【今この瞬間から未来への希望の一歩の連続】が、後の将来の勝敗の【因】を作るのだとお伝えして、本日の投稿論文を終わりにしたい。

人間が人生を生きる上で決して忘れてはいけない事は、常に【希望の炎】を命の中で燃やし続けられるか・・・・

これが人生の勝敗を決める最大のキーポイントだ。


今回も僕の投稿論文を最後まで読んでくれてありがとうございました。
この投稿論文を読むすべての方々の幸せを祈りつつ・・・。💖
🙂占い師・救済X主宰 菊月孔命🙂


 

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