運命転換分析論・勝負

菊月 孔命
7月4日 火曜日 東京都の天候 晴れ 一時 雨 の 予報 🌦
最高気温32度

日本の西に台風3号が上陸した、というテレビでの放送があった。

今年も早、上半期があっという間に過ぎ去ると共に、あれよあれよの勢いで下半期の7月度が始まった。

自分の人生も、いよいよ【第4章】の幕が上がった。💖

僕の記憶では、人生では【4回目の大きな真剣勝負】の時がやってきた。😜

今回の投稿論文は、タイムリーな時期だと確信して、人生の【勝負】をテーマに、本日も全世界の民衆の方々へ向けて、投稿論文を贈りたいと思う。

昔昔の正義を貫く最高のご僧侶で、【日蓮】というお方がいらっしゃる。

まあ、今で言えば、【日蓮大聖人】様と世間の皆様は言っているが、このご僧侶は、全宇宙の生命体は、【南無妙法蓮華経】だと究極の法理を悟られ、もったいなくもこの生命にこの【お名前】を付けられ、この【法】こそ、すなわち、この【観心】こそ、全世界の全民衆を一人残らず充実した【絶対的幸福】の境涯に導く究極の【絶対的な方程式】だと、当時の他宗の僧侶に叫ばれ、大慈悲のご精神から王者の折伏行を行った。

また、当時の日蓮大聖人のお弟子さんにも、たくさんの御書、つまりお手紙を送られているが、そのお手紙の御文の中に、【仏法は勝負を先とし・・・】とある。

つまり、日々の生活や、人生、また、仏法を基調とした精神は、すべて【勝負の心】が絶対的条件だと、【ご指導】された。

また、我が敬愛する人生の師匠も、日々の【渾身のご指導】の中で、この【勝負】のご指導は、頻繁に、もったいなくも【愛する我々お弟子】に向けられ、日蓮大聖人と同じご精神と大慈悲でご指導されている。

ただ、ただ、自分の悔いする事は、大師匠の想いに、【寸分たりともご期待にそえているか?】、だけが、悩みの種でしかたがない。

僕は、【我が師匠】を【心の師】と定め、弟子の【自覚】として、全世界の全民衆の為に、この【インターネット無料サービス連盟・救済X】という、今はまだ極小の組織だが、全世界の民衆の幸福の為、そして、人々の【幸福へのお役】に立てれば・・・・との想いで、僕なりの外郭の【弟子の闘い】を始めた。

別に、この事が偉い訳でも何でもない。

また、別に、僕の師匠にこの闘いを知ってもらって、褒めてもらおう、なんていう気持ちは、僕の心の中には寸分もない。

別に、誰が見ていなくても・・・・

僕はただ、【日蓮大聖人門下】、また、【師匠の一人の弟子の自覚】として、【普通の決意】として、全民衆の人々の【お役に立ちたい・・・】と、純粋に想い、この救済Xの闘いをしているだけである。

なので、今回は、いつになく【真剣勝負】の【真実の勝負】を賭けた投稿論文にしたいと思う次第である。

人生は、いつの時も、そして、瞬間瞬間も【勝負】の時である、と自覚し確信したい。

こう言う書き出しをすると、非常に【窮屈】な聞こえ方があるが、この真意は悠々たる精神の中で、【大目的】に向かって、他のモノには目もくれず、的に向かってただただ、純粋な精神で毎日を闘っている、意味を表している。

この今述べた文章の中には、選択肢、正しい判断、誠実な行動と振る舞い、汚れていない心、を歩む、精神が、この【勝負】の二文字の世界に秘められている。

また、宗教観念からも答えるならば、この二文字の中には、【具体的で確信の祈り】が含まれている、と、僕は長き信仰歴の中で確信している。

人生に【勝負】を賭けている人は、いつも【厳しき人格】か・・・と言うと、そうではない。

まあ、心の中はいつも【厳格な精神】が宿っていると思うが、日夜の振る舞いは常に【笑顔】を絶やさず、そして、なにより、【誠実さ】を常に忘れない【行い】がいつも目立つのが特徴だ。

まあ、少し脱線すれば、【創価学会の信仰】をしている、所謂、学会員さんは、自分のプライベートでは、【悩み】はたくさんあるかもしれないが、人の前では常に【明るく】そして【笑顔】を忘れず、常に【振る舞い】に視点を置いた所作があることは本当に素晴らしい事だと思う。

また、今の世の中、【他人を心の底から救いたい・・・】と、【努力】されているその【心と精神】こそ、本当に素晴らしいものではないか、と、長年僕は思い続けている。

人生を賭けた【勝負】とは、いったい何ぞや!?

と、問うならば、僕の答えはこうだ・・・・

自分も幸せになり、そして、他人をも幸せに導く生き方・・・

これが、人間本来の【生き方】ではないか、と僕は【確信】する次第である。

現代は、世界の各識者、そして、我が敬愛する人生の師匠も何度も【心から】叫ばれているが、今は【哲学なき時代】だと言われている。

だが、【哲学なき時代】などと、大きな声で叫ぶと、今の世の中の人々は、心で【敬遠】する傾向が見られ、心で【肌寒さ】を感じる人が多いのは、本当に悲しく思う次第である。

【哲学なき時代】と書くと、非常に【お堅く】感じるかもしれないが、僕は、【哲学なき時代】に必要な【哲学】とは、それはまさしく、純粋な【人間の生き様】を求める世界だと思っている。

【哲学】と言う、【敷居】が高そうな分野に聞こえるこの次元も、【人間の純粋な心】から語りつくせば、その【核心】は、【生きる大情熱に燃えている人】になるのだと僕は思っている。

本物の【哲学】と言うモノは、【人間の心に即する】【温かき大慈悲の精神】ではないかと、僕は半世紀生きて来て、日々、心の底からそう思っている。

決して、教科書的イメージの冷たい活字のページの世界とは、かけ離れる、【血のかよう生身の温かさ】こそ、本当の【哲学】、そして、本物の【生命哲学】なのではないかと僕は思う。

この、【血のかよう生身の温かさ】こそ、本物の【人間の人生】を語れる、正しき【声】だという事も間違いない事実である。

確かに、この世に生きる人は、大なり小なり、誰しもが【人生に勝負】を賭けていると思う。

問題は、その【勝負の中身】、つまり、【質】が問題だと思うのである。

人生に日々、勝負を賭けていても、【自分に甘い勝負】なのか、【自分に厳しい勝負】をしているかで、おのずと、人生の後の傾向は大きく変わってくる。

まあ、僕はこの投稿論文で、いつもの如く書いているが、【苦労】と【努力】は、人間にとって、いや、人間の人生にとって【絶対に必要不可欠】なものだと言えよう。

確かに、占星学の世界からその人の【人生観】を観れば、【各惑星の発達年齢域】は見逃せない世界ではあるが、しかし、【木星】の勢いが強かろうと、【土星や火星】の勢力が強かろうと、常に【誠実さ】を忘れず、【自分の心に嘘をついていなく】、そして、【純粋に大目的】に向かって、人生を歩んでいるかが、【非常に大切】な事になってくる。

この今述べた中に、【苦労】と【努力】を忘れずして、人生を生き抜く人は、【自分に確信と革新】を持ち、【自分の弱き心に屈しない】【自由自在という境涯】、もっと解りやすく答えるならば、何事にも【微動だ】しない、自分を確立した人だと言えよう。

こう言う事を書くと、また・・・・

難しい事を言っているな・・・・

と、思われるかもしれないが、簡単に言ってしまえば、常に【努力】と【苦労】を忘れず、【純粋】に自分の掲げた目標に向かって今を生きているか?

と、言うお話である。

しかし、【勝負】というこの二文字には、決して【楽】というものは絶対に存在しない、と、僕はいつも確信してそう思っている。

つまり、【勝負】という世界は、常に、その人の心の【境涯に即した壁】が存在、もしくは、対象として存ずる、という事である。

人間の人生と言うモノは、この【壁】を乗り越えられなければ、絶対に【幸福な境涯】、そして、【本当の自由】というものを【獲得】する事が出来ないから、ある意味、究極の【ミソ】と言えよう。

また、人生においての【本当の勝負】とは一体何か?

これは、他の人は、色々な【悩み】を勝負としているかもしれないが、本当に勝負をかけなくてはいけないのは、【自分の心の魔】なのである。

【自分の心の魔】とは、自分の【気が緩んだ時】、または、【油断】している時が、自分の【勝負の時の壁】になるという事だ。

つまり、この上記に述べる魔とは、自分の人生において、【色々な形】や【変幻】して自分の身に【ふりかかってくる】のだ。

自分の心がお金に弱ければ、【お金にまつわる障害】となって現れたり、女性に弱ければ、【性的誘惑】のスキャンダラスな行為等に変化して出現し、生命の魔自身も【妨げの真剣勝負】を人生の中で僕らに仕掛けてくるのだ。

しかし、こう言う魔の出現は、大抵、人生において【油断している時期】に大きく現れるのが特徴で、この魔の出現を回避するものは、やはり、【正しい判断】と【正しい選択肢】が最大の【防御】となるのだ。

ただ、魔を見破るのは、自分自身にとって【障害】として現れないと、中々、【魔】として見破りにくいのが難点だ。

ただし、信仰者、特に、仏法の信仰者に関しては、【仏の眼】から魔を見破り、悠々と信仰の闘いの中で回避され、人生においても【改善】もしくは、【転換期】を迎えると思うが、仏法信仰者以外の人は、中々【魔】を魔と見破れないかもしれない。

信仰、特に仏法の信仰者は、自分を律する事を教義の上からも知っているので、自分に厳しくなれるが、自分を律する事が難しい人は、【魔の現象】に流されやすい人生になりやすい。

特に、人間にとって弱い、【金品】、【身体の誘惑】【嗜好品の誘惑】の魔は、あまりにも心の障害としては、【敷居が高すぎる】問題に等しい。

まあ、これは、【大人の世界】のお話で、少年の次元に落とせば、勉学や受験、いじめ、などが人生の障害になってくるのだと思う。

しかし、少年も大人も共通する【逃げ切れない魔】があるにはある・・・。

それは、【恋愛】だ。

これは、我が敬愛する人生の師匠のご指導にもあるが、【恋愛】とは、歯止めが利かないレールのようなものだ、とも言われている。

しかし、この恋愛も【正しき判断】により、【歯止めが利かない魔】から逃れられる事ができる。

まあ、熱くなりすぎた【恋】は、もしかしたらちょっと難しい闘いかもしれないが、【自分の人格を育成】する上でも、恋愛中のラブラブ時期でも、【自分を成長させよう!】という、意志の元の恋愛に関しては、心にブレーキがかかる恋愛の人生が送れると思う。

つまり、魔が最大に勢いを発する瞬間というのは、【自分を見失った時】、この瞬間が、自分自身の人生を破壊する傾向に働くのである。

なので、【魔を退散】させるには、【自分を律する心】と【正しい判断と選択肢】が最大の防御になるのだと覚えていてもらいたい。

これは、誰でも言える事ではあるが、【人生の夢】、【人生の大目的】を達成した人というのは、この魔に打ち勝ち、【人生の勝負】に打ち勝ってきた人だと、すべての人に共通していえる事である。

また、この事も言えると思う・・・・

人生の勝負に勝てた人、というのは、【魔をも味方】にする知恵を発揮してきた人だと言える。

僕は長きに渡り仏法を信仰して来てつくづく思うが、勝負に【強い人】というのは、魔をも成功の所作へと変えられる人であり、心は常に【賢者】であると僕は言いたい。

しかし、この【賢者】の核心は、前の投稿論文でも公開しているが、現実の結果に負けたとしても、【自分は最後まで絶対に負けない!】、この精神の人こそ、人生の勝利を手にする事が最も許される人だと申し上げて、今回の投稿論文を終わりにしたい。

最後に補足として書き添えたい。

今月(2017/07)、いよいよ、救済Xの【中心拠点】が作れそうである。

現在、今住む男子寮から出る準備、つまり、引越しの準備が始まった。

中心拠点、なかんずく、【救済Xの世界の中心拠点】は、男子寮がある、同じ東京都 国立市 富士見台3丁目 内に 何とか【移転】出来そうである。

いよいよ自分も人生の【第4章】が始まった。

今回は、人生、4回目の引越しとなる訳だが、人生の5分の1は、今の男子寮で生きて来て、地獄の苦しみを舐め尽すことができた。

これも、仏法の信仰者の眼から観れば、間違いなく【功徳】と僕は確信する。

苦楽、共に合わせて 南無妙法蓮華経 とは、まさしくこの事であろう。

今後も【信・行・学】に純粋に励んでまいりたい


最後に、日蓮大聖人の御書に・・・

されば我が弟子等心みに法華経のごとく身命もおしまず修行して此の度仏法を心みよ、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経


まさしく、その通りであると僕は深く確信する。

人生の決意も新たに・・・・。

今回はこの辺で・・・・。

今回も最後まで僕の投稿論文を読んでくれてありがとうございました。

この投稿論文を読む、すべての民衆の方々の幸せを祈りつつ・・・。

💖占い師・救済X主宰 菊月孔命💖



 

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