運命転換分析論・試練

菊月 孔命
4月18日、火曜日 東京都の天候 雨 のち 晴れ の 予報 
最高気温27度

さあ、あと少し時が経てば、来月はゴールデンウィークで立夏の初夏の時期が到来する。

今回の新規公開論文は、前回の論文から少し時間が過ぎで、今回の投稿は気持ち的に久しぶりの投稿のように思える。

今回の新規公開論文も渾身の思いで、全身全霊の魂で全世界の民衆へ救済Xからメッセージを贈ろう。

今日は、朝方は雨の予報だったが、起床してから寮の担当の僕の仕事である、朝刊の新聞を取りに朝6時ごろ外に出て大空を仰ぎ、新鮮な朝の空気をいつものように思いっきり吸って、僕に縁する人々にいつものように幸福への祈りを捧げたが、その時点では外の雨は止んでいた。

路面が濡れて、天気は徐々に回復傾向へ向かいつつある大空だった。

今、この公開論文を書いている時間帯の外の天気は、一時晴れ間のような暖かさを感じさせる日差しも注いだが、少ししたらまた曇り空になってしまった。

今日はテレビの【予報】でも、【熱中症】が声高らかに囁かれるほどの気温になるらしく、埼玉県のある各所では、気温が30度近くまで上がる予報が出ている。

今日は、僕の住む【自由な牢獄】の同室者もそのテレビを観てか、ベランダ側の大窓を全開に開けたが、実際には、部屋の中はそんなに気になるほど暑くない。

これから、夕刻になるにつれ【暑く】なるのだろうか?

僕は半世紀生きてみて、学んだ・・・正確には【知った】事ではあるが、この論文を読む皆様も人生の折々の縁で感じてはいるだろうが、人間の人生と言うのは大きく大雑把に分けると【不幸】か【幸福】、【楽】か【辛い】、または、【順調】か【試練】しかなく、その人の人生は【明】と【暗】の縁の因果の∞【無限大の人生行路】を何度も人生の中で繰り返していく。

人間は、人生の中で、【楽】とか【幸福】という事を感じる時期は、心に【余裕】すら生まれて、時間の流れの中で【楽しい・・・】という事を感じてプレッシャーをも感じずに人生を歩んでいける、と感じている。

しかし、この今書いた文の行には【錯覚】と【落とし穴】がある。

人間は、【楽】と感じる時は、【自由】と感じ、そして、【幸福】と感じるかもしれないが、本当の【真実の幸福と自由】と言うのは、まさしく【試練の真っ最中】を闘っている、もしくは【闘い続けている】人こそ、本当の【自由】と【幸福】をつかみつつある【人】だと、まずは先に申し上げておきたい。

人生は、【楽】と感じるよりも、【辛い・・・】と感じる時の方が、人生の大多数を占めている比率でもある。

なので、本日の運命転換分析論の論文のテーマは、人間の【試練】をテーマに、思いつくままに、づらづらーっ、て、いつもの如く書き綴りたい。

まず、人間は【試練】と聞くと、先立つ連想は・・・、【苦しい】、【忍耐】、【苦労】、ある意味では、人生の【地獄】を連想しイメージする方もたくさんいると思う。

しかし、まず先に結論から述べたい。

僕自身も半世紀生きてみて実感している事ではあるが、人生の【暗】は必ず【明】になり、自然界の四季である【冬】が過ぎれば【春】を迎えるように、人間の人生も必ず、【その人なりの・・・】【春】が人生の中で【必ず】訪れる。

ただ、これには【条件】というものが存在する。

確かに、人間の人生は、時が経てば【解決】するモノも、確かに【実在】するのも間違いない話ではあるが、この内容は別として、人生の中で【不得意】な瞬間や時期に突入した時は、必ず人間には【克服】をしなければ、【楽】とか【幸福】をつかみとれない、運命的であり、または宿業・宿命的な、人間が生きる上で【逃れられない方程式】が、間違いなく人生には【存在】する。

つまり、これを解りやすい言葉で表現すれば、【試練】というモノになる。

誰でも人間は心の隅の方で、出来るならば、苦労は【小出し】のような感じて人生を歩んでいきたい、という本音がある。

しかし、【苦労の小出し】を強く望む者は、僕の今までの鑑定した過去の依頼者や縁した人を見る限りでは、人生、【惰性】と【堕落】を強く感じさせる生き方を人生の中で演じているのも【現実の姿】でもある。

まあ、例外もあり、一概に言えない部分もあるが、しかし、大概の人は、ほとんどの場合、【苦労の小出し】を望んだ生き方の人は、【惰性】と【堕落】の螺旋階段を登っている。

しかし、僕は皆さんに、【肝に命じてもらいたい】ほど、あなたの心に語りかけたい。

この、みんなが避けたがる【試練】こそ、間違いなく、人間の人生を【幸福】への軌道へ導かせ、そして、人生の苦難を悠々と乗り越えられる【強靭】な精神を創り上げてくれるモノなのだと・・・・。

僕の敬愛する人生の師匠は、こう言う事を折に触れ僕らに教えてくれている・・・・

不幸をバネに、よりいっそう強くなり、よりいっそう大きく勝利してみせる──そういう【心】をもつかどうかである・・・・と。

また・・・

思いがけない悲しみや悩みにぶつかった時、『新たな挑戦の時が来た』と腹を決める。【苦に徹すれば珠と成る(吉川英治)】という言葉があるが、苦労を乗り越え、波乱万丈の人生を生き抜いてこそ、深みのある本物の人物ができるのである。その揺るぎない境涯にこそ本当の【幸福】がある──

と、我が人生の師匠は僕らに教えてくださった。

この二つの我が師匠のご指導は、僕の命の人生の【珠玉】のご指導として、僕は命に打ち込んで今日まで生きて来た。

正確には、生きて来た・・・と言ういい方は、僕には相応しくない。

僕は、二十歳で家出してから、バンド活動時代は、瞬間瞬間での【楽しさ】はあったが、本当の【幸福】はなかった。

いつもいつも、本当の人生のレールと軌道は、【試練】しかなかったから、この師匠のご指導は、【僕のかけがえのない宝】でもあったから、この指導を命の基底に留めて今日までやってこられた・・・・。

この人生30年、試練の連続だった。

裏切りや屈辱、挫折を覚えたのも数知れずだ。

ただ、人生、48歳を迎え、そして過ぎてから、試練の【苦労】の甲斐があってか、【人生の本質】というものがよく心の中で観得るようになった。

僕は、人生の中で学んだが、【よく観えるようになった・・・・】、と、いう事は、僕の中で何かが間違いなく【克服】できて、精神面においても僕なりの強靭さが創られ、人生においても【冬】が【春】になるように、【暗】から【明】へと、僕の人生観は転換したという事だ。

だから、今、事実上として、【インターネット無料サービス連盟・救済X】を運営できるまで【人間的に成長】できた、という事かもしれない、と確信している。

僕も半世紀の人生の中で感じ、我が敬愛する師匠も言っているが・・・・

苦難の嵐の中にあって営々として信念の道を歩み抜くことは、誠に容易ではない。しかし、人生の難事に直面したときこそ、それと戦う事が未来への飛躍台となることを、自らの歩みをもって証明しなければいけない──

と、言われている。

【試練】という本質を世間一般の言葉で、その意味を表現する時、大概の人はこう言う風に言う・・・。

試練とは──人生、試されている時だ・・・・と。

確かに、この言葉の表現と意味は、間違いではない。

しかし、僕は皆さんに伝えたいが、この表現は、【真実】を伝えていない、と僕は皆さんに言いたい。

試練、そして、【試練の真っ最中】の人こそ、幸福への【資格】をつかんだ人だと申し上げたい。

世の中には、ましてや、今の時代の若い青年は、【試練や苦労】を【ただの】苦痛と感じ、その現場から逃れたがる傾向があるのも、今の時代背景の代表的なものだと言っても過言ではない。

【幸せだ・・・】と思う時は、瞬間瞬間に縁する【楽しいひと時】・・・と、勘違いをする人が多すぎる。

しかし、これは、【すぐに消えてしまう楽しさ】の事を言っているのであり、本当の試練とは、苦労の中で【苦痛】に耐え忍んで【克服】した人だけが獲得できる永遠不滅の【歓喜】と【自由】、そして【幸福】がある事をここに皆様にお伝えしたい。

試練や苦労・・・と、言っても、現実は生易しいモノではない。

僕は経験したが、毎日の生活の中で、笑顔など消え失せ、【苦痛の表情】の中で生き続け、心が【躍動】する日など、あまりなかった。

毎日毎日が、この【苦労】がずっと続く・・・・ような気持で毎日を生き抜いてきたから解るが、【試練】の中で本当に必要なモノ、もしくは必須のモノとも言えるかもしれないが、試練の中で目標にする明確な【標的】とは・・・・

それはまさしく【確固たる信念】と【いつまでも忘れない希望】こそが、試練を乗り越える重要なキーワードとも言える。

この二つを忘れた人生は、本当の、ただの【苦痛の試練】に過ぎない・・・・

という事をお伝えして今回の公開論文を終わりにしたい。

最後にもう一度言いたい・・・・

試練は、【信念】と【希望】で乗り越えるのが【 人生の座標 】なんだと──

今回も僕の公開記事を読んでくれてありがとうございました。
この公開記事を読むすべての人々の幸せを祈りつつ・・・・。
占い師・救済X-主宰- 菊月孔命


 

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