運命転換分析論・人生の結果

菊月 孔命
2017年3月31日、金曜日 東京の天候 晴れ のち 一時 雨 の 予報
最高気温12度

さあ、今日の日中の有料鑑定の仕事も無事に終わった。

今日も未来の栄光を祈り、渾身の思いを込めて全世界の人々へまたメッセージを書こう。

今日で3月も終わりだ・・・・。

あっという間の3月だった。

明日から4月で新年度だ。

しかし、世界のニュースとして、ある国の前大統領が逮捕されたと、テレビのニュースで今日は報道している。

それまでその国の民衆の代表、そして民衆をリードしてきても【結果】が悪ければ、それまでの苦労と努力は、すべて水の泡と化すのが現代、そしていつの世の世相とも言える厳しき現実だ。

しかし、この救済Xの投稿や僕のオフィシャルブログでも書いて投稿公開しているが、【現在(今)】、という瞬間は、最悪な報道のニュースかもしれないが、長いスパンの時間の次元からその最悪な瞬間を見れば、未来のその国の成功の【瞬間】を勝ち取るために、その最悪な瞬間は、絶対不可欠な【要素】だったと、解る時が必ず来る、と僕は、人生経験や敬愛する人生の師のお話しを通して痛切に感じる次第である。

僕も32歳くらいの時代の【青年】と呼ばれる頃までは、【信頼】と【信用】も周囲の人々から厚いものがあったと思っているが、多額な借金の返済の関係が原因で、僕は一時、縁する周囲の人に最悪な信頼と信用を失って、僕自身の【生きがい】も失って、僕に対する周囲の印象も、僕が描く未来の【成功像】も一気に急転直下の如き落下して、それからずうーっと、人が【気にもかけない人生】を20年ほど歩んできた。

僕としては、その多額な借金を抱えながら、苦難を絶対に乗り越えようと、意気盛んになっていたが、周囲の組織の幹部は、その意に反して、僕を思いもしなかった【自由の地獄の底】へと開放した。

僕は、組織で闘いながら、その借金の苦難を乗り越えたかった・・・・。

でも、すべては【結果】がものを言う【時代】だった・・・・。

まあ、僕の中では、【どん底の精神状態の20年】を歩んだが、今から振り返れば、この【救済Xという重き使命】があるから、その試練と苦労に耐えないといけない時が、この20年ほどの激苦の苦難の時だったと、最近、実感として悟る事ができた。

つまりは、激苦の人生が使命と歓喜に変わった、つまり生命の境涯革命が起きた、という事である。

その【使命を実感】してからは、この苦しい【自由な牢獄の生活】も、【楽土】に変わりつつある時が【現在(いま)】のこの瞬間だと確信する。

前置きが長くなったが、今日の公開記事のテーマは、【人生の結果】というものを、運命転換分析論の角度から思いつく限りズラズラっといつもの如く書き綴りたいと思う。

これは、世間的に一般の常識論として世間に流布している話だが、また、ちゃんとした生命論の本を読んでも書かれている事だが、世の中の、なかんずくもっと広い次元で言えば、生命の永遠性といものは、すべて【原因と結果】から物事が成り立っていて、自分たちの裸眼の中の現象の見える形として物事や出来事が出現し変化を続けている。

縁や出会いは偶然・・・正確にはこの偶然も原因結果からの一つの結果としての縁になるが、世の人々は、人間の認識外の縁に触れると、それを【偶然】という言葉を使って表現するのが世の中の【ひとつの癖】でもある。

しかし、世の中には、【偶然】というものはなく、すべて【原因と結果】の重なった変化の結果から成り立っていて、目の前に現れた縁や現象は、すべて何らかの必然的な意味があり、それを人間の次元で崇高に例えれば、人はそれを皆、【使命】とも言ったりする。

世の中はすべての現象が【原因と結果】から成り立っているが、今回は、【人間の人生の結果】という次元にスポットを当てて色々と考えてみたい。

僕の人生の【現在(いま)】も含めて、この公開記事を読む【あなた自身の人生】も、すべて過去に行ってきた【結果の積み重ね】が、あなたの今の現在である。

人間の人生というのは、この【結果】を判断基準、もしくは【選択の基準】として、分析し、選び抜いた結論を信じて今まで歩んできたのが【人生】であり、【良い結果】、そして【悪い結果】の繋がりに【悩む】のが【運命】と言えるだろう。

人間の判断と選択は、【今悩む問題の答え】がいつでも、そして、常に【最善】とか【最良】な結果だと思い込んでそれを選び、常に前へ、そして明日へと動いている。

だが、その【最善】とか【最良】と思う材料を【正しい】と分析するものは、これはもう間違いなくあなたの【一般常識】と今まで学んできた【知識】がその人の人生の判断基準になっていると言える。

しかし、その【一般常識】だろうが、勉学で学んだ【知的財産】であろうが、その人が人生で【苦労した分だけの】範囲のレベル内でしか、その問題を分析する事は出来なく、このトラブルや抱え込んだ問題や悩みを【一歩深い次元で分析】するには、これは間違いなく【苦労】をしないと、その見えない【影】は悟る事はできない。

つまり、抱えたトラブルや悩みは、常に【苦労を重ねた質次第で】、楽に【答え】を見つける事も出来るし、また【楽観主義に転じゆく】事も可能だという事だ。

人間が【悩む】時、というのは、【すべて初体験の出来事】ばかりを悩む。

これは当たり前のことだが、一度経験した事は、参考にする結果が先に出ているので、楽にその問題を解決する事ができるが、経験した中でも【足止めを食った場合】は、それはまた【初体験の場面】に出くわして、【結果を見つけないといけない】場面に遭遇した時に直面したからだ。

人間は常に、【結果】を基準にして、常に【結果】で判断して、常に【結果】次第で次の行動を起こして、すべてを認識しつつ、自分の人生を築き上げていく。

そして、人生の目標とする、ひとつのゴールの【結果】の峰が高ければ高いほど、その人の【悩む】、広さと深さは違うという事だ。

だから、世の中の矛盾を解決するにも、また成功を収めるにも、すべては【結果】が判断基準になるという事である。

その出現したひとつの【結果】で、周囲はその人の事を【悪い】と判断したり【良い】とも判断するが、その結果を分析するものは【一般常識】が常に分析の基準になっている、ということだ。

人生、および世間の人々は、この【一般常識】をベースに考えて、すべての【結果】を天秤、もしくは【ふるい】にかけて、最終的な結論を絞り出そうとする。

そして、その【一般常識】にその人の生活、行動、または人生が【全う】でないと、世間の人々はよく【人生が流れた・・・】とか、【世間の波に乗れない人・・・】という表現をよく口に出して使う・・・・・。

その【世間の波に乗れない人・・・】とか、【人生が流れた・・・】とかいう発言を聞いたり、噂としても耳にすると、まずは自分の中の【思いや感情】の中で、大きい【動揺】を覚え、自分の人生をその中で【再確認】をするが、その再確認の内容が今の自分の手に負えない状況だと、良くて【妥協】、最悪は【断念、諦め】になってしまう。

人間は【結果】を重要視するあまりに、その【結果】を、まるで完全なもののように【そのモノ】すべてのような印象で自覚してしまうから、この世の中は本当に恐ろしい、としか言いようがない。

いくら、その人が【まだ自分はがんばれるのに!】、【まだまだ、この結果が本当のモノではないのだ!】と、心の中で叫ぼうが、そこで出てしまったひとつの結果を見たその周囲の人々は、【それが真実なんだ!】と、深く思い込み、納得してしまう。そして、早めの【早期完結物語】を作り上げようとするのが、いつの世も世間の常と言えよう。

それが、創造性が高い次元のモノだと、【保守的な人々】の反対や抵抗にあい、闘っているその人は、誰も理解してくれない【孤独の闇】の中をまっしぐらに進むしか道は残されていないのが【今の世の中】の今の現実の姿と言える。

僕は、この救済Xを舞台にして、あるひとつの【結果】を【現実化】しようと考えている。

その現実化とは、私利私欲の欲まみれで汚れきった不純な私物の世界とは全然違う。

これはかなり前の話になるが、数年前と言っても、もう8年くらい前の話ではあるが、僕の今住む男子寮の僕の部屋のその時、仲良くなったちょっと年上の同室者の人に、僕が敬愛する師匠が書いた【本】を読ませた・・・というか、【何の本を読んでいるんだ!?】と、強引に取り上げられて勝手に読まれてしまった出来事であるが、その人がその本を読み終えて、僕に衝撃的な斬新な感想を僕に堂々と言った。

「この本は、まともで当たり前の事しか書いてないが、最大の欠点と弱点があるな・・・・」

僕は聞き捨てならない・・・・と思った。僕は師匠の発言はすべて正しく、欠点や弱点などまったく存在しないと思ったからだ。

僕の師匠に対する思い、なかんずく僕の辞書には、【師匠は完璧】だという文字しかない。

その人は、素直な答えを僕に言った。

「この本を書いた人は、確かに世間的にも有名な人だけど、現実には、この人自身が雲の上のような存在で、あまりにもスケールがデカすぎて、世間の人は、確かにこの人を【目標】にはするけれど、この人を【身近に感じられない、という欠点】があり、あと、この本の内容は、【この本に縁する人々】と【お金】がある人しか、【手に入らないモノ】だな・・・・。図書館に行ったって、この人の著作の本は見たことないし、それに、こんなに素晴らしいことを書いて、また言っていたって、この本を買えない人は、この本の内容の【知識】を自分のモノにできない、という【弱点】があって、結局のところ、この著作者のテリトリー内の人間しか成長できない・・・ということに行き着くと思う。まあ、いくらこの人が世界平和と謳っても、結局、この本を世間に広めたいだけ・・・と世間の人に思われるのが【落ち】だな・・・・」

と、僕に正々堂々と言い切った。

僕は、その時はかなり傷ついた。

ものの見事に、僕の【見えてなかった世界】を言いきられた・・・・と、その時の僕は思った。

僕は、【絶対にそんな事はないっ!】という、批判的な思いと、【これが本当の世間が目にする評価】なんだ、と思い知らされた。

これは、その時の【思い】が、救済Xの闘いのベースになっているが、つまり闘争心を掻き立てているが、僕は考えた。

僕の敬愛する師匠は、人間だし、いくら師匠と言えども、完璧な人間ではなく、絶対に僕らの知らない【長所】も【短所】もあると思うし、人には言えない、【葛藤】や【悩み】もあると思うし、完璧な師匠と言えども、【師匠に出来る事】と【師匠に出来ない事】も必ずあると思う。

確かに、師匠のテリトリー内に縁する人々は、師匠に触発や教育を受けて、どんどん成長するだろう・・・・

しかし、今、この人が言ったみたく、世の中には、まだまだ生活に苦しい、俗にいう【貧乏】という人がまだまだ世間にはたくさん存在する。

その人たちは、確かに、こんなに素晴らしい【学ぶべきもの】があっても、【お金】がなければ、その内容を知る事は永遠に出来ない。

こんなに素晴らしい、人生の師匠が、未来に先見性をもつ師匠がいるというのに、お金がないと知りえない【特権】・・・・。

僕は、【結果】を出すしかない・・・・と思った。

貧乏な人にも、【素晴らしい師匠の学びを!】と・・・。

だから、僕は【無料】ですべての、なかんずく【インターネット無料サービス連盟・救済X】を始める決意が出来た。

誰が何と言おうと別に気にしない。

正しいモノは、世間に伝えないと、世の中は良くならないし、伝えないと【世界平和】など永遠にやってこない。

世界平和を目指す上では、人間と人間の間に【垣根】は絶対にあってはならない。

どんな人にも【公平】と【平等】がないとダメだ。

お金がないと、【知りえない学び】は絶対にあってはならない。

すべての人々に【最高の学びを・・・】、これが、僕の闘いを決意したモットーだ。

世間の一般の人々は、自分の縁する人だけを救って、だいたいの人の一生は終わってしまうのが世の常だ。

僕は、全世界の人々、全世界の地域の端っこの隅の人まで、最高の【学び】をお金がない貧乏な人にも提供しようと決意している。

僕の敬愛する、そして、生涯尊敬する人生の師匠の【学べるべきモノ】をすべての人々に伝えようと思っている。

誰かに褒められようとも思っていない。

ましてや、敬愛する師匠にも褒められようとは思っていない。

僕が信じた、師匠の【世界平和】を【我が心】として、僕も最後まで闘う決意をしただけだ。

僕の心の中は、孤独だ。

この闘いにおいては、【僕の前には誰も走っていない・・・・】。

荒野を走っているのは、僕だけのようにも思えてならない。

でもいいのだ。

師匠の【思い】をすべての人々に、なかんずく、全民衆に伝えるのだ。

この使命は、【使命を知った者でなければ出来ない闘い】だ。そして闘争だ。

一人立てばそれでいいだけだ。

終身のその瞬間まで信念を貫きたい・・・・世界平和と民衆の幸福の為に・・・。

今回はこの辺で・・・・。

今回も僕の公開記事を読んでくれてありがとうございました。
この公開記事を読むすべての方々の幸せを祈りつつ・・・・。
占い師・救済X-主宰- 菊月孔命


 

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