運命転換分析論・苦労と努力

菊月 孔命
3月24日、金曜日 東京の天候 曇り のち 時々 晴れ
最高気温13度
さあ、仕事は終わった。
これからまた、救済Xから全世界の民衆にメッセージを贈ろう。

前回の公開記事は、長いスパンからの【人生論】を公開したが、今回は、その人生の中での、日々の【 苦労と努力 】の事をズラズラっと思いつく限り綴っていきたいと思う。

僕はこの公開記事を書く年の夏になる7月2日が来ると52歳を迎えて、半世紀を生きている真っ最中の瞬間の時代になるが、二十歳の時の苦い思い出である【家出】をして、26歳くらいまで、つまりは27歳に結婚して結婚生活をするわけだが、実際のところ、精神的な束縛から逃れて、気ままに生活をして、それなりに楽しい生活を送ったのは、家出した20歳から25歳くらいが自由気ままで誰からも束縛を感じない、僕の中では【放縦】という気分に近い【楽しい毎日】という生活送ったこの5年間が人生の本当の青春だったように思う。

だが、これは半世紀生きて【後悔と無念と反省】の中で感じる事だが、親の・・・正確には家族の地獄の生活の中の途上を逃げていた、僕の【嘘っぱちの青春】の中の話である。

僕は、親父の酒乱でサラ金を何社からも借金をする中の、自分が立替え返済をする人生から縁を切りたくて、正確には親父をぶった切りたくて家族ごと【切り捨てて】家出をした。

僕は少年時代から思ったていたが、父親は、精神面が普通の一般人とはかけ離れたような貧困とか未熟とか思う時が多く、仕事でちょっでも嫌な事があると、3か月も4か月も仕事に行かなく、家で毎日昼間から酒を飲み、おふくろのパートの仕事で稼いだ給料を毎回せびっては、競艇に明け暮れる日々が続く中で、僕は少年ながら、親父のその姿に【うんざり】していた。

仕事に行くのは、毎日母親の務め。

親父は毎日家でテレビを観ながら酒飲んで、寝て起きては、パチンコに行き、週末は競艇に明け暮れていた。

僕は、母親が可哀想で仕方がなかった。

親父を憎みに憎み切った・・・。

そして、そんな生活が僕が高校を卒業してからもずっとワンパターンのように続き、20歳のある日の朝、僕が会社に出勤する前に3人の厳つい顔をした悪魔が玄関先に現れた。

そして、その悪魔が現れたら、親父は裸足で裏の窓から逃げ出した。

そして母親は、玄関先で土下座しながら、床に額が着くぐらいに何度も頭をその3人の悪魔の男たちに下げて謝っていた。

何度も何度も・・・頭を下げて・・・。

その3人の悪魔とは、サラ金会社の取立人だ。

その夜、仕事から帰宅した僕は、初めて母親から親父がサラ金から多額な借金をしている事を聞いた。

その聞いた日の時点で、親父は6社のサラ金会社から借金をしていたが、それでも当の親父はまったく働こうとしなかった。

働くのはいつも母親と僕だけ・・・・。

親父の借金を返済するのは、いつも僕と母親だけ・・・。

僕は母親から真実の話を聞いた時に、人生で最高のショックを受けたが、僕が働いて家に入れていた、正確には給料日の日に母親に渡していた給料は、妹たちの学費と食費に使っているのだろう・・・と思っていたが、真実は、親父の毎日飲む酒と、サラ金の利息の支払いにすべて消えていた・・・と聞いてから、僕はその瞬間に間違いなく確かに心の【歯車】が狂い始めた。

そして、20歳の夏・・・その親父の惰弱で惰性で怠惰な生活を切りたくて、正確には逃れたくて家出をした。

家出をしてから結婚する妻と出会うまでは、好きな事に毎日明け暮れた。

酒とギャンブルは親父を観ていたせいか、進んでは絶対に手を染めなかった。

その変わり、夢を果てしなく追いかけた。

昼間の仕事はその当時は、トラックドライバーの俗にいう【運ちゃん】だったので、給料は20代で毎月50万近く稼ぎ、プライベートは【バンド】に明け暮れた。

金もある、自由な【時間】もある。

それに何よりも、大嫌いな親父の存在がないので、僕は妻と出会うまでは、気楽な毎日を【自由】、つまり放縦を自由だと勘違いをした毎日を送っていた。

自家用車と呼ばれる愛車は、当時は流行車だったが、日産ローレルの限定車で、本革シートで、僕の中では超リッチな高級車に乗っていた。

その間、家族は・・・・どん底の生活を送り、妹の長女は長男の僕の代わりをしていたと・・・いう話を後から聞いた。

だが、人生は、楽な【楽しい】時ばかりではない。

僕のその放縦も、愛する当時の妻に出会ってから、段々と苦しい人生へと軌道のレールが変わりつつあった。

そして36歳で離婚。

39歳から重い精神病になり、最初は家出後に再会した妹の【長女】と一緒に住んでいた。

そして、それと同時に、妹と同棲していた彼氏もいたので、3人で国分寺市に住んでいた。

僕は、25歳から占い師の仕事をしているが、精神病のどん底の精神状態の中で、仕事がない時期もあったが、その間にいろんな人々を鑑定した。

外国人も嫌っていうほど鑑定した。

僕の最初の外国人の依頼人は、20代のフィリピン女性だった。

でも、そのフィリピン女性からだった・・・本当の幸福を考えるようになったのは・・・。

そのフィリピン女性は、所謂、【ジャバ行きさん】という、日本にビザで半年間の頻度で毎回日本に働きに来る女性だったが、僕はその女性の幸福感に占い師として魅了された。

日本で苦しい毎日の生活をしてても、家族愛を絶対に忘れない。

毎日、苦しくても【笑顔】を忘れない。

そして苦しくても毎日【努力】をする・・・・という彼女の依頼人としての話に関心したのを今でも覚えている。

しかし、当時の占い師の僕の心の中には、そのフィリピン女性の【精神と愛】は全くなかった・・・。

何よりも毎日、【生きがい】を感じていない・・・。

そして42歳の時、僕は形的に妹の手におえない精神病患者だったので、【見捨てられた形】で、今の男子寮に入居した。

だが・・・・

男子寮のマンションの住人は、当時はヤクザとチンピラが3分の2を占めて、まともらしく【見える男】は僕を入れて、6人くらいしかいなかった。

その当時は、もちろん生活保護で生活していたので、支給日の日になると、ヤクザやチンピラからの【カツアゲ】があり、支給日から五日後くらいには、財布から毎月所持金の金が抜き取られて、毎月残金、4千円くらいの金で一か月を暮らさないといけない日々がずうーっと続いた。

毎月毎月、【カツアゲ】と【財布からの金の抜き取り】、最悪な数年間をこの寮で暮らしぬいた。

だからと言って、【お前が金を盗んだんだろ!】とは、言えない。

同室者の誰かが盗んだのは間違いないが、【疑いとぬれぎぬ】だけは絶対に避けないといけない。

当時の寮長にこの事を相談しても、【お前の金の管理が悪いから、金を毎月盗まれるんだ!】との一喝で終わる・・・・。

最悪な条件の生活状態の中の精神病患い、そして最悪な人間関係・・・・。

我慢に我慢をし抜いて、徹底的に【幸福とは何か?】を追求しぬいた9年間になろうとしている。

僕の中では、【答え】は見つかったが、だが、【理想の幸福論】と【現実の幸福論】は今もなお追求して求道の道を歩んでいる。

僕は学んだ。

特にこのどん底の【自由な牢獄】の中では、特に幸福観念を実感として体で学んだ。

人間は、絶対に【放縦】ではダメだ。【自由】を気ままで開放的なものとして考えてしまうが、自身を律せない生活は、それは自由な生活のようで【精神は地獄の世界】を歩いていると言ってよいと思う。

そして、努力なくては、【人生の目的】は絶対に達成できない。

確かに現実問題として、【地獄のどん底の時期】にニコニコなんて笑顔で笑えない。

真顔で目つきも【うつろ】か【鋭く】、笑ってられる余裕は無いに等しいとは思う。

でもその時期に、どん底の【人間】に何が必要なのかと言えば、それは【楽観主義】が絶対に大切だ。

【楽観主義】というと、「まっ・・・いいかあ!」、なんていうお気楽な事を言っているのではない。

これは絶対に間違えないでもらいたい。

本当の楽観主義とは、何が起ころうとも、そしてどんなにどん底でも【絶対に、俺は、私は負けない!】という、くじけぬ不屈の精神が心の中に【点】という小さなモノがあるかないかで、その人物の人生は、後の結果に大きな【違い】が出る。

【人間の心】とは、物事や出来事の縁によって、この現実社会の中で、その人の心の中の内面が【現実化】するのである。

だから、卑しい心でいたり、貧しい心で毎日過ごすと、日々の生活の悪縁の引き金で、その人の心の中に描く悪いモノが現実化するのである。

だから、日々、どん底の苦しみの中でも【なにくそっ!】という精神で、毎日闘っているのか、【別にどうでもいいや・・・】と思って、ただ苦しい生活の中で【生きているだけ、または流されているだけ】では、その人の歩いている人生のレールは間違いなく【違う】という事なのだ。

だから人間は、幸福をつかむためには負けじ魂がないとダメだ。

たとえ、【結果】で負けようと、また結果に【負け続けていた】としても、自分の心の中で【負けない魂】があるならば、その人は、人生は縛られて毎日苦しいと感じる時があるかもしれないが、常に【負けじ魂の人】は、いつも自分を律しているので、日々の生活の中で成長があり、自分を律する人こそ、正確には自分の精神を制覇した人が本当の【自由】をつかんで人生を生きている人だと言える。

また、苦労をしないと、本当の【充実した幸せ】を実感として感じられないので、人間の幸福というのは、常に【苦労と努力】の【鍛えの日々の築き上げ】の中でしか、【本当の充実した幸せ】は実感できない、という事なのだ。

そして、次に大切な事は、人間は生活の中で、毎日【学び】を忘れないで生きなくてはいけない。

常に生活と人生というものを学んで、【良い事】と【悪い事】を見分ける【眼】を養い、【良い事ばかり】をいつも自分に取り入れるように【癖】をつける生き方をする、という事だ。

あと大事なのは、生活する上で【智慧】が大切である。

知識は豊富でも、それを活かす【智慧】がないとその【知識】は永久に輝かない。

人間は、苦労をしないとダメだ。本物の人間、そして人格にはならない。

世間にもまれ、そして鍛えられて、初めて【人生の困難】を乗り越えられる、【智慧】がその中から生まれるのである。

人間は、【苦労と努力】の人生の中で【人間を学び】、そして【苦労と努力】の中で、【知識】と【智慧】が活きて輝きを増し、日々正しいと思う【判断と選択肢】を選び続ける中で、いつしかその人なりの【幸福への人生の軌道】のレールに入っていくのである。

過去を振り向いてはいけない。

また、過去に縛られてもいけないが、失敗した教訓は学ばなければいけないとは思う。

そして、同じ失敗を2度としないように頑張り続ける中に、人生の【進展と発展】はある、という事だ。

常に【今を起点】にして【未来に歩き続ける】中に、その人の人生は【善き方向】へと転換してゆく。

決して、【通過点】が問題なのではない。

ようするに、最終的な【結果】がどういう風になったなのか・・・・

これが問題なのである。

他人から観ると、その人の人生は、【裸眼】の世界では、停滞気味の人生にしかみえないかもしれない。

だからと言って、それに動揺することはない。

要するに、人がどう思っていようが、今の自分は、自分が決めた【目標に向かってちゃんと歩いているか?】、が問題なのである。

通過点の【恥さらし】など、気にすることはない。

生きていく中で、【他人様】には絶対に迷惑をかけず、たとえ人が誤った評価をしようが、それに負けぬ【負けじ魂】と【楽観主義】で自分の明確な【目標】にひたすら自分のペースで進んでいるか・・・・これが本当の人生論だと皆様に言いたい。

今日は、充実した【苦労と努力】論が綴れたと思う。

運命転換分析論をお求めの人には、存分にこの内容で激励して、運命に悩む人を元気づけてあげたい。

今回の公開記事はこの辺で・・・。

今回も僕の公開記事を読んでくれてありがとうございました。
この公開記事を読むすべての方々の幸せを祈りつつ・・・・。
次の公開記事も、渾身の思いで綴りたい。
あなたに充実した幸せあれ!
占い師・救済X-主宰- 菊月孔命



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