2017年平和提言


2017年救済X平和提言



人間は、なぜ、この地球という生命の自然界に出現し、そして歩み、また死と言う姿を示していくのか・・・。

人間の生老病死という問題は、人間が生きる中で、そして、人生を歩みゆく中で眼を反らせられない最大のテーマだと言えます。

少年時代の無垢の中で目にする世の中の現実の現象は、私たち大人たちの現在の行動に、一体何を求めているのでしょうか?

子供が生活しやすい、地域と街作り。
青年や、そして、壮年、婦人の活気に溢れる社会と国土。
そして、安心して次の後継者に任せられる老年期・・・・。

果たして、この3点の課題たるテーマは、理想の社会を創る上での観念論と大衆の連呼の次元だけでいつも終わりゆく世界のものなのでしょうか?

確かに、みんな努力はしているかもしれない。
苦労もそれなりにしているかもしれない。

しかし、理想を追い求める中で、人間の日々の行動は、どこか眼に見えない歯車の狂った呼吸をしているのは確かな事実です。

それが、今、勃発しようとしている米朝の戦争への引き金を引こうとする寸前の現象とも言えるのです。

人間は、理想を求めつつ、現実のその日の結果に、やや妥協気味の満足に我慢して毎日を営んでいます。
また無意識の中で縛られる【しがらみ】から抜け出せず、その場その場、その瞬間瞬間の打開策だけを見つめて【将来の目標】を目指しているのも世の中の事実の成り行きでもあります。

人間は、いつも平凡の生活の中に出来る限りの【最高の理想】を追い求め、平凡の瞬間の時間の中で、出来る限りの【最高の刺激】を求める人生を歩もうと、幾たびも執念的にしつこくその行動を試みます。

この【二つの世界】の中で、人間が【成功した!】、と感じる瞬間とは、一体何の時なのでしょうか?

それは、【判断】、【選択肢】、【因果の視点】の、この三つ要素が充分に調和が取れて融合した時に、人間は満足の【達成感】、つまり成功を感じる訳です。

しかし、この三つのキーワードは、人間の【思惑と野望】等で、純白の素晴らしい潔白たる【良い結果】になったり、ブラック、もしくは、限りなくグレーゾーンに近い、【悪い結果】へと変転流転を繰り返します。

つまり、人間の人生、文化、文明、そして、その底流となる世の中の現象は、すべて、人々の縁による【命の影】がこの自然界に出現し形創られたモノなのです。

ですが、人間はこの【命の影】の中に、一体何を求めているのでしょうか?

その答えは、【幸福】なのです。
また、言い換えれば崩れざる【恒久平和】なのです。

【幸福】という言葉には、自然界の現象のすべての【意味とヒント】、そして、【答え】が隠されています。
理想の国土も環境も、一個人の営みも繁栄も、また、政治も哲学も宗教も、【究極の目指すところ】は、すべて【幸福】、なかんずく【恒久平和】を築き上げる為の人間の欲望の大闘争だと言えます。

また、【平和】とは、【幸福】が名を変えた崇高な威厳たる最終目的であります。

21世紀の時代になり、人間は物質の豊かさを維持しつつ、【幸福】が名を変えた【平和】に向かって、多方面の分野に渡り、すべての人々が挑戦しゆく大きな課題として【一つの大きな結果としての形創り】に奮闘しています。

しかし、【幸福】にせよ【平和】にしろ、【これでいいんだ・・・】という形や結果はありません。
つまり、理想郷を建設するにせよ、【決定づけた形や結果】は、永久的に【ない】と言う事です。

平和とは、すべての人々の汗と努力、そして、苦労の連鎖の連続の結晶で創られるものです。
そこには、【創意】、【工夫】、【最善】の、すべてが含まれているものになる事は間違いありません。

ただ、いつの時代にも、そこにはひとつの大きな【落とし穴】が、必ずと言っていいほど存在するものがあります。

平和の理想郷とは、誰しもが無意識の中で、一つの【完成された芸術作品】と思っている念がありますが、私はそれは【大間違い】だと思っています。

平和、なかんずく【恒久平和】とは、【創意工夫】、【創作】の永遠なる連続の【大闘争】という事です。
平和とは、【完成した結果像】を言うものではなく、人間は言葉では色々な表現で【理想と平和】を語りますが、行き着くところは、【ぼんやりと見える世界】に向かって、成功と完璧の建設の為に歩き続けているのが本当の現実です。

また、毎年毎年、他分野で語られる【理想の平和】とは、その時代の文化・文明の【一般判断基準】から結論した未来像で、最終的には、他分野で語られるその理想像は、完璧、そして、完成論ではない、という事なのです。

【平和】とは、常に、その時代の思想と共に形や姿を変えて、我々の人間の心に語りかけてきます。
すべては、瞬間、瞬間に描き作られる理想に向かって、世界の人々は、人生という大道を通して完璧なモノを築き上げようとします。

しかし、ここで、本当に大切な本物の【平和の論理】とは、一体何なのでしょうか?

平和とは、戦争のない民主主義が重要視される世界だけに留まるモノなのでしょうか?
また、住みやすい建物を沢山建築して、見栄えも良い地域を創り上げて、【完成された文明】を創作する事だけに終始する事が平和の象徴なのでしょうか?

ですが、たとえ【建前上】は完璧な住みやすい、戦争がない世界文明を創り上げたとしても、絶対に永遠不滅として変わらないものが一つあります。

それは、人間の【心】、つまり【命】の流転たる運命は、どの世代に生きようとも、誰しもが苦しめられる根源なのです。

世間の人々、または世界の人々は、自分に【縁する】ものに関しては、安全牌の【平和社会】にしようと、誰もがいつも懸命に試みています。

しかし、国土の平和、民衆の平和、世界の平和と言えども、最終的な究極の【手直しと建設】は、すべては、人間の一個人の【命】の中にあるという事なのです。

【心の中の建設】、【命の中の建設】こそ、見逃しはならない、明確で確実な【実態】なのです。

21世紀に生きる、また、これからの【世紀】に生きる人々は、一体、人生に何が最重要として必要なのでしょうか?

それは、私は、【同苦】だと思っています。

同苦・・・。

つまり、他人の苦労や限りない努力の辛さを【自分自身のモノ】として感じ得る事ができるかが、【理想の平和建設】の速度を速める、最重要過程ではないかと私は思います。

これからは、物に豊富な時代を歩む上で、心と精神は、徐々に歪みつつある世相にも直面する時代の到来が来たとも言えます。

その中で【同苦の心】で人に縁する事は、人間として、【立派な人格】を建設する最良の【機会】なのではないでしょうか?

すべては、同苦しつつ、【協力】、【共感】、【助け合い】、そして【ねぎらい】の中に生きる中に、人間の【幸福度】は増して、また、人々の為、社会の為に【貢献】する姿勢と行動こそが、【自分自身の完成度】を高める要因と勝因ではないかと私は確信しています。

【哲学なき時代】、【混迷する世相】を力強く生き抜くバロメーターは、まさしく私は、【豊かな智慧と向上の命の境涯】こそが最大の【成功へのポイント】だと思います。

本日の2017年5月3日、水曜日をスタートに、
私の闘いも、一段と加速度を増して、【幸福への道しるべ】を皆様にご案内申し上げて行きたいと思う所存です。

共に未来に向けて、新たなる決意の前進と成長を成し遂げましょう!

その向こうに、【世界恒久平和】の道が開かれている、という事を命で確信して・・・・。

この救済X平和提言を読む、すべての方々の幸せを祈りつつ。

占い師・救済X主宰 菊月孔命(Koumei Kikuduki) より。

全世界の全民衆の皆様へ

2017年 5月3日 水曜日 使命ある日にて・・・・。



 

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